北欧デザインの代名詞とも言える「スカーゲン」。そのミニマルで洗練された腕時計は、多くのファンに愛されてきました。そんなスカーゲンが展開していた「スマートウォッチ」シリーズが、近年姿を消しつつあることをご存じでしょうか。
一体なぜ、スカーゲンはスマートウォッチ事業から撤退したのか。その背景には、世界的な時計市場の変化と、ブランド戦略の再構築がありました。
スカーゲンとスマートウォッチの歴史を振り返る
スカーゲンがスマートウォッチ市場に参入したのは2018年前後。
初代「Falster」は、Wear OSを搭載したフルディスプレイ型のモデルとして登場しました。控えめながらもスタイリッシュなデザインで、「テクノロジー×北欧デザイン」という新しい方向性を提示したのです。
その後、「Falster 2」「Falster 3」「Gen 6」とアップデートを重ね、GPSや心拍計、NFC決済などを搭載。デザイン性と機能性の両立を目指したスマートウォッチとして一定の評価を得ていました。
しかし、2023年ごろから新モデルの発表は途絶え、公式サイト上でもスマートウォッチ製品は「売り切れ」「販売終了」の表示が目立つようになります。そして2024年、親会社フォッシル・グループが正式に「スマートウォッチ事業から撤退する」と明言。スカーゲンの撤退は、グループ全体の方針と一致していました。
フォッシル・グループが下した「撤退」という決断
スカーゲンのスマートウォッチ撤退は、フォッシル・グループの経営判断の一環として行われました。
フォッシルはマイケル・コースやディーゼルなど、多くのライセンスブランドを抱える大手企業ですが、2023年の年次報告書で「スマートウォッチカテゴリーからの退出（exit）」を明記しています。
その理由は明確です。
スマートウォッチ市場が急成長した一方で、競争環境は年々過酷になっていたからです。アップルやサムスンといった巨大テック企業が主導する分野において、ファッションブランドが独自の立ち位置を維持するのは難しかったのです。
Wear OSを採用するフォッシルやスカーゲンは、機能面で常にプラットフォームやチップの更新に追随しなければなりませんでした。結果的に、技術投資コストが膨らみ、収益性は低下。フォッシルは経営再建プラン「Transform and Grow（TAG）」を発表し、コア事業への集中を掲げたのです。
競争激化と技術の壁――撤退の主な要因
1. スマートウォッチ市場の成熟と価格競争
かつて成長分野とされたスマートウォッチ市場は、いまや飽和状態にあります。Apple WatchやGalaxy Watchが高いシェアを占め、GoogleやFitbit、Garminなどが追随。差別化は難しく、価格競争が激化しました。
スカーゲンのスマートウォッチはデザイン性で光るものの、機能面では「健康管理」や「連携性」でテック大手に劣る部分がありました。
2. 高コスト構造と収益性の低下
スマートウォッチ開発には、OSアップデート対応、アプリ最適化、チップ供給など、多くの維持コストが発生します。ファッションブランドがこのサイクルを維持するのは容易ではなく、利益率の低下が続いていました。
フォッシルは最終的に、年間3億ドル規模のコスト削減を目標に掲げ、非中核事業からの撤退を決断。スカーゲンもその対象となったのです。
3. ブランドイメージとの乖離
スカーゲンの魅力は「ミニマル」「シンプル」「タイムレス」といったキーワードにあります。
一方で、スマートウォッチは常に新機能・新デザインを求められる「進化型プロダクト」。この性質はスカーゲンの静的なブランド哲学と相反するものでした。
デザインの統一性やブランドメッセージを守るために、スマートウォッチから距離を取る判断は、ブランド維持の観点からも合理的だったといえます。
フォッシル・グループ全体の再構築と方向転換
フォッシル・グループの再構築は、単なる事業撤退にとどまりません。
「Transform and Grow（TAG）」プランのもと、同社は店舗網の整理、在庫の圧縮、ブランドポートフォリオの最適化を進めています。2023年だけで在庫を33％削減し、45店舗を閉鎖。2024年もさらなる効率化が計画されています。
この動きは、「デザイン」「クラフトマンシップ」「ブランド体験」といった本来の強みにリソースを集中させるため。
ファッションウォッチやジュエリー、レザーグッズなど、より収益性の高いカテゴリに注力する方針です。
スカーゲンも例外ではありません。北欧デザインの価値を再定義し、「長く使えるシンプルなプロダクト」への回帰を強めています。
スカーゲンが得た教訓：テクノロジーとブランドの境界線
スカーゲンのスマートウォッチ撤退は、「すべてのブランドがテクノロジーに踏み込むべきではない」という重要な教訓を残しました。
スマートウォッチは確かに便利で、未来的な魅力を持っています。しかし、ブランドによっては、その進化スピードに自らの哲学や顧客層が追いつかないこともあるのです。
スカーゲンのファンが求めるのは、通知機能でも血中酸素濃度の測定でもなく、「手首で完結する美しいデザイン」。その価値を守るために、同ブランドは撤退という選択をしたのかもしれません。
消費者トレンドと市場の変化を読む
現在、世界の時計市場は大きく二極化しています。
一方ではアップルウォッチのような高機能デバイス、もう一方では機械式やデザインウォッチなどのアナログ回帰の流れ。
ファッション性を重視する消費者は、「機能よりも質感」「最新よりもスタイル」を求める傾向が強まっています。
スカーゲンの撤退は、この変化を先取りしたとも言えます。
シンプルで普遍的なデザインを再評価するムーブメントは、サステナブルな消費やライフスタイル志向とも合致しています。スマートウォッチの進化が止まらない中でも、アナログの価値が再び注目されているのです。
ブランド再生の可能性とこれからのスカーゲン
では、スマートウォッチ撤退後のスカーゲンはどこへ向かうのでしょうか。
今後は、腕時計・ジュエリー・アクセサリーの3本柱でブランドを再構築していくと見られます。
特に、シンプルな文字盤やメッシュストラップなど、スカーゲンならではの北欧デザインは依然として根強い人気があります。
また、デジタルではなく「デザインの知的さ」で勝負する姿勢は、ブランドの再定義にもつながるでしょう。
テクノロジーに頼らない価値提供――それこそが、スカーゲンが選んだ未来なのかもしれません。
スカーゲン スマート ウォッチ撤退の理由を通じて見えるブランドの本質
スカーゲンがスマートウォッチ事業から撤退した背景には、単なる業績悪化ではなく、ブランド哲学を守るための戦略的選択がありました。
激化するテック競争の中で、「自分たちは何者なのか」を問い直した結果ともいえます。
北欧の風土から生まれたミニマルデザインと、時を超える価値を重視する姿勢。
その本質を失わないために、スカーゲンは再び“シンプル”へと舵を切ったのです。
「最新ではなく、永続的な美しさを。」
スマートウォッチ撤退という決断は、スカーゲンがその理念を貫いた証でもあります。
