「タブレット純」という名前を聞いて、ムード歌謡や独特の昭和トークを思い浮かべる人は多いでしょう。独特の世界観と哀愁を漂わせる語り口で、テレビやラジオで異彩を放つ存在です。けれども、そんな彼にも“若い頃の下積み”がありました。今回は、タブレット純の若い頃に迫り、芸人としての歩みや意外な経歴をじっくり掘り下げていきます。
幼少期からラジオと昭和歌謡に夢中だった少年時代
1974年、神奈川県津久井町（現・相模原市緑区）に生まれたタブレット純（本名・橋本康之）。子どものころから、同年代の子どもがテレビアニメやアイドルに夢中になる中で、彼だけはAMラジオと昭和歌謡に強く惹かれていました。
夜、布団の中で聴くラジオ。永六輔や大沢悠里の番組を通して耳にした大人の世界。そこで流れる古い歌謡曲に心を奪われ、次第に中古レコードを収集し、歌詞の世界や歌い方まで研究していたといいます。
この時期に培った“昭和への感受性”が、後のタブレット純の芸風の基礎を形づくりました。懐メロを「古いもの」としてではなく、“生きた文化”として受け止めていたのです。
一般社会での下積みと「遠回り」した青春時代
高校卒業後すぐに芸能界へ…という道を彼は選びませんでした。卒業後は古本屋や介護職など、いわゆる普通の仕事に就いて社会経験を積んでいたのです。
芸能界を目指しながらも、現実の生活を優先せざるを得ない時期があったといいます。しかしその「遠回り」が、後の彼の語りや歌に深みを与えました。職場での人間模様や人生の機微を肌で感じたことで、ステージ上での人間味あふれるトークに厚みが出ていったのです。
生活者としての経験を経たからこそ、タブレット純の語る昭和の哀愁や人情には、単なる懐古ではないリアリティが宿っています。
27歳で大転機！ムード歌謡の老舗「マヒナスターズ」に加入
人生の転機が訪れたのは27歳のとき。長年憧れていたムード歌謡グループ「和田弘とマヒナスターズ」に、ボーカルとして加入するチャンスが巡ってきます。
本名ではなく「田渕純」という芸名で活動を始め、約2年間にわたり全国各地のステージで歌い続けました。マヒナスターズは昭和の歌謡史を代表するグループ。その一員としてステージに立てたことは、若き日の彼にとってまさに夢のような時間だったといいます。
和田弘氏の薫陶を受けながら、プロの歌唱技術やステージマナーを徹底的に学びました。この時期に身につけた“声で感情を表現する技術”が、のちの「ムード歌謡漫談」につながっていきます。
解散後の模索期 ― サブカルと昭和の融合へ
マヒナスターズ解散後、タブレット純は独自の道を模索し始めます。新宿ゴールデン街劇場のオープニングイベントなど、都内のライブハウスを中心に活動。そこでは、懐メロだけでなく現代的なユーモアやサブカル的感性を交えたステージを展開しました。
いわば“昭和の香りを現代にアップデートする実験”のようなもの。レトロな歌とトークを融合させたこのスタイルは、のちに確立される「ムード歌謡漫談」の原型となります。
この時期は苦労も多かったといいます。定職を持たず、ライブ収入も不安定。それでも彼は「好きな音楽を手放したくなかった」と語っています。昭和歌謡を単なる懐古ではなく、“今も生きている音楽”として届けるための奮闘でした。
「ムード歌謡漫談」で唯一無二のポジションを確立
2000年代後半、タブレット純はお笑いライブや寄席への出演を始めます。ここで生まれたのが、音楽と笑いを融合させた「ムード歌謡漫談」というジャンル。歌いながら語り、笑いを交えながら人情を伝える——まさに彼ならではの世界です。
往年の名曲をアレンジし、歌とトークを絶妙に織り交ぜるスタイルは、観客に懐かしさと新鮮さの両方を感じさせます。舞台では、昭和の恋愛観や人間模様をユーモアたっぷりに語りながら、しっとりと歌い上げる。笑いの中に切なさがあり、切なさの中に笑いがある。そんな独特の空気が観客を包み込みます。
お笑い芸人として活動する中でも、彼の本質はやはり“歌い手”。歌うことで笑いを生み、笑いを通して歌を際立たせる。タブレット純は、昭和文化の伝道者として唯一無二のポジションを築き上げました。
声帯模写とものまねの天才としての顔
タブレット純のもう一つの魅力が、声帯模写（声のものまね）です。彼はラジオパーソナリティや昭和の名俳優たちの声を精密に再現することで知られています。
永六輔、大沢悠里、小沢昭一、吉田照美、広川太一郎、若山弦蔵……。これら昭和を代表する名声を見事に再現し、観客を驚かせます。本人いわく「好きすぎて声を覚えてしまった」そうで、模倣というより“リスペクトの延長”にあるのが特徴です。
こうした声帯模写のレパートリーが、テレビのバラエティ番組やラジオ出演時にも存分に活かされています。歌だけでなくトークや声の表現でも昭和の空気を蘇らせる——まさに多才なアーティストです。
テレビ・ラジオで見せる多面的な魅力
タブレット純は、今やテレビでもおなじみの存在。『笑点』『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦』『サンデージャポン』など、さまざまな番組に出演しています。バラエティだけでなく、教養番組や音楽特番にも登場し、世代を超えて愛される存在になりました。
また、ラジオでは特に人気が高く、文化放送やニッポン放送などでの出演も多いです。落ち着いたトーンと独特の語り口が、深夜ラジオファンの心を掴んで離しません。リスナーとの距離の近さ、柔らかいユーモア、そして昭和愛。どれをとってもタブレット純らしさに満ちています。
音楽活動の継続とYouTubeでの発信
歌手としての活動も継続中です。ライブステージやイベントでの歌唱はもちろん、自身のYouTubeチャンネル「タブレット純ちゃんネル」では、歌謡トークやカバー動画を発信しています。
このチャンネルでは、彼が持つ昭和文化への深いリスペクトと、視聴者へのやさしい語り口がそのまま表れています。コメント欄には「懐かしいのに新しい」「声を聞くだけで癒やされる」といった声が多く、若い世代にも支持が広がっています。
昭和の名曲を今の時代にどう伝えるか——タブレット純は、その答えをインターネット上でも探し続けています。
昭和カルチャーの伝道者として
今のタブレット純を一言で表すなら、「昭和文化の案内人」。昭和をただ懐かしむのではなく、その魅力を令和の時代に生かす。彼の活動は、単なるエンタメを超えた文化的意義を持っています。
ラジオ、歌謡、漫談、ものまね——どれもが彼の中で有機的につながり、昭和という時代のエッセンスを現代に再構築しているのです。
そして何より、彼の人柄には“昭和の温かさ”が宿っています。人を笑わせ、癒し、どこか胸を締めつける。そんな優しい芸が、多くの人の心に響いています。
タブレット純の若い頃と、これからの歩み
タブレット純の若い頃は、決して順風満帆ではありませんでした。遠回りや苦労を重ね、ようやくたどり着いた今の場所。けれどもその歩みがあったからこそ、彼の表現には説得力があります。
芸人であり、歌手であり、文化人でもある彼。これからも昭和と令和をつなぐ“音と言葉の架け橋”として、多くの人に笑いと郷愁を届けてくれることでしょう。
懐かしさの中に新しさがある。タブレット純という存在は、まさに時代を超えて愛される芸の証です。
