近年、時計業界の中で一つの波が静かに引きつつあります。その名は「シチズン スマートウォッチ」。
「え、シチズンってスマートウォッチ出してたの?」という人もいるかもしれません。確かに、一時期は「Eco-Drive Riiiver」や「CZ Smart」など、革新的なモデルを発表して話題を呼びました。
しかし、2025年現在、それらのモデルを店頭で目にする機会はほとんどありません。いったい、何が起きたのでしょうか。
シチズンが挑んだ“スマートウォッチ革命”
まず、シチズンがどんな想いでスマートウォッチ市場に挑んだのかを整理してみましょう。
2019年に登場した「Eco-Drive Riiiver」は、光発電技術をベースにIoT連携を実現した、まさに“腕時計とスマートデバイスの融合”を象徴するモデルでした。
ユーザーが自分の好みに合わせて機能をカスタマイズできる「Riiiverプラットフォーム」は、スマートウォッチに新しい概念を持ち込んだと言っても過言ではありません。
続く2021年には「Eco-Drive W770」、さらに2023年のCESでは「CZ Smart」を発表。米国市場向けにAIウェルネス機能を搭載するなど、シチズンは本気でスマートウォッチ市場に打って出ていました。
アナログ時計の上質感とスマート機能の利便性を両立させようとする姿勢は、多くの時計ファンを惹きつけたのです。
それでも撤退と囁かれる理由
では、なぜ「撤退」とまで言われるようになったのか。実際には、シチズンが公式に“撤退”を明言したわけではありません。
しかし、いくつかの出来事が「実質的な撤退では?」と見る向きに拍車をかけています。
ひとつは、2023年にアメリカで発売された「CZ Smart Gen2」が販売停止となったこと。
原因は「ユーザー体験に悪影響を与える技術的な問題」。ハードの完成度は高くても、ソフトウェアの不具合やUXの未熟さが露呈してしまったのです。
また、日本国内では「Eco-Drive Riiiver」シリーズがひっそりと生産終了を迎え、家電量販店でも取り扱いがなくなっていきました。
ネット上でも「シチズンのスマートウォッチ、どこにも売ってない」「アプリの更新が止まってる」といった声が増加。結果的に「撤退」の印象が定着していったのです。
スマートウォッチ市場の“現実的な壁”
この背景には、業界全体の厳しい構造がありました。
スマートウォッチ市場は、Apple Watchが圧倒的なシェアを握る“一強”状態。
さらに、SamsungやGarmin、中国ブランドのHUAWEIやXiaomiが中〜低価格帯で市場を埋め尽くしています。
こうした中で、伝統的な腕時計メーカーが独自OSやアプリ開発で戦うのは、コスト・スピード・ノウハウの面で大きなハードルがありました。
加えて、スマートウォッチには継続的なアップデートやセキュリティ対応、ユーザーサポートなど、時計メーカーにとって未知の運用負担が発生します。
“作って終わり”ではない世界で、長年アナログ時計を主戦場としてきた企業がリソースを割き続けるのは容易ではなかったでしょう。
シチズンの強みが裏目に出た?
シチズンは光発電技術「エコ・ドライブ」や高いデザイン性で知られています。
「電池交換いらずで、半永久的に使える」という特長はスマートウォッチでも大きな武器になるはずでした。
しかし、スマートウォッチというカテゴリーでは、「定期的に充電して新しい機能を楽しむ」という文化が主流です。
永く使う時計づくりを理念としてきたシチズンにとって、このサイクルの速さはブランド哲学と相性が悪かったのかもしれません。
また、「Riiiver」のように“自分で機能を作る”という発想も、ガジェット好きには面白い一方で、一般ユーザーには少々難解でした。
「結局、どう使えばいいのか分からない」「設定が面倒」と感じた人も少なくなかったようです。
「ブランドの原点」への回帰
2024年のシチズングループ報告書では、明確に「機械式・高級クオーツ領域への注力」が打ち出されています。
つまり、スマートウォッチよりも「本来の時計の価値」を磨く方向に舵を切ったということです。
実際、同社は「Series 8」や「The Citizen」など、ハイエンド機械式モデルを世界市場で積極展開しています。
ブランド全体を俯瞰すると、スマートウォッチのような短サイクルな市場よりも、長期的なブランド価値を重視した戦略にシフトしているのが見て取れます。
この流れを考えれば、スマートウォッチからの撤退は“敗北”ではなく“選択”だったといえるでしょう。
それでも残る「シチズンらしいスマート」
完全にスマートウォッチを捨てたわけではありません。
「Eco-Drive W770」のようなBluetooth連携モデルは今も一部で販売されており、通知機能など必要最低限の“スマート”を残したハイブリッド腕時計という形で存在しています。
つまり、シチズンは“スマートウォッチから撤退した”のではなく、“腕時計の未来を再定義している”とも言えるのです。
アナログの美しさを守りつつ、デジタルの利便性を適度に取り入れる。その絶妙なバランスが、今後のシチズンを象徴する方向性になるでしょう。
時計業界が迎える新しい局面
腕時計市場全体を見ると、スマートウォッチの台頭は確かに大きなインパクトを与えました。
しかし、ここ数年で“デジタル疲れ”という言葉も聞かれるようになり、「通知が多すぎてストレス」「シンプルに時間を知りたい」という声も増えています。
そんな中、アナログ時計が持つ“静かな豊かさ”が再評価されつつあります。
シチズンの撤退は、その潮流を先取りした動きかもしれません。
日常の便利さよりも、所有する喜びや職人技に重きを置く――そうした価値観の転換が進んでいるのです。
シチズンスマートウォッチ撤退の真相を通して見える未来
シチズンのスマートウォッチ撤退は、単なる製品戦略の失敗ではなく、「ブランドとして何を守り、何に挑むか」という選択の結果です。
AppleやGoogleのようにソフトウェアの覇者にはなれなくても、“本物の時計”としての誇りを失わない。それがシチズンの流儀です。
これから先、腕時計業界はますます二極化していくでしょう。
テクノロジーで生活を最適化するスマートウォッチと、時間を超えて価値を持つ機械式時計。
シチズンが選んだのは後者の道ですが、その中に光発電やBluetoothなど、独自のスマート要素を残しているのが興味深いところです。
「時間を知る」だけでなく、「時間を感じる」ための時計。
シチズンが再びその原点に立ち返った今、腕時計の本当の魅力が見直される時代が来ているのかもしれません。
