ソニーがかつて力を入れていた「スマートウォッチ」事業。その代表格が、時計のバンド部分にスマート機能を内蔵した「wena 3シリーズ」です。デザイン性と機能性を兼ね備えたユニークな発想で注目を集めましたが、2024年末にソニーは正式にサポート終了を発表しました。今回は、ソニーがなぜスマートウォッチ市場から撤退したのか、その背景と失敗の要因、そして今後の展望についてわかりやすく解説します。
ソニーのスマートウォッチの歩みと特徴
ソニーがスマートウォッチ市場に本格参入したのは2012年。当時はまだ「腕時計で通知を見る」こと自体が新しい体験でした。初代「Sony SmartWatch」はスマホと連携し、メールやSNSの通知を手元で確認できる画期的な製品でした。
その後、改良を重ねて「SmartWatch 2」や「SmartWatch 3」を発売。さらに進化系として登場したのが「wena wrist」シリーズです。これは、“watch”ではなく“band”にスマート機能を集約した独特のコンセプトで、「お気に入りのアナログ時計をそのままスマート化できる」というアイデアが支持を集めました。
特に「wena 3」では、Suicaなどの電子マネー決済、防水対応、活動量計、スマホ通知、Alexa連携など、日常を便利にする多機能を搭載。見た目はクラシックな腕時計のまま、デジタルライフをサポートする革新的なプロダクトでした。
撤退発表の経緯とタイムライン
2023年2月、ソニーは「wena 3」の生産終了を発表しました。この時点で新モデルの予定はなく、事実上シリーズの終息が始まります。そして2024年12月、ソニー公式が「wena 3のサポートおよび関連サービスを2026年2月28日で終了する」と告知。これにより、スマートウォッチとしての機能はその日をもって使えなくなる見通しです。
後継モデルの発表もなく、「wena」ブランドは幕を閉じることになりました。つまり、ソニーはスマートウォッチ事業から完全撤退するという明確なメッセージを出したのです。
ソニーがスマートウォッチ市場から撤退した理由
撤退の背景には、複数の要因が重なっています。単なる売上不振ではなく、技術面・市場環境・戦略の三つの視点から見ていくと、その判断の妥当性が見えてきます。
技術的な制約と使い勝手の壁
スマートウォッチは“腕時計”である以上、使い心地の自然さが求められます。ソニー内部でも「毎日充電が必要な時計は本来の時計のあり方ではない」という課題意識がありました。加えて、アプリやOSの更新対応が難しく、特に「SmartWatch 3」はAndroid Wear 2.0へのアップデート対象外となり、プラットフォームの将来性にも不安が残りました。
ハードとしての完成度は高くても、ソフトウェアや連携体験の面では“持続的な価値”を提供できなかった点が撤退の一因となりました。
激化する競争と差別化の難しさ
2010年代後半から、スマートウォッチ市場はApple WatchとGalaxy Watchが圧倒的なシェアを握る構図へ。特に「Apple Watch」は健康管理、決済、通知といった日常機能を高い完成度で統合し、他社を大きくリードしました。
一方でソニーは、GoogleのAndroid Wear(現 Wear OS)を採用せず独自OSを選択。この判断がエコシステム面での不利を招き、アプリの拡張性やサードパーティ対応の面で見劣りする結果となりました。つまり、“独自性”が“孤立”につながってしまったのです。
ビジネスとしての戦略的判断
ソニーは公式発表で「事業戦略を総合的に勘案した結果」と述べています。これは、単に売れなかったというよりも、開発・維持コストと今後の収益性を冷静に比較し、“撤退が最適”と判断したということです。
特にwena wristシリーズのような独自構造製品は、開発・サポートコストが高く、グローバル規模で展開しない限り採算を取りにくい構造です。世界的な競争の中で持続的な成長を見込むのは難しかったと言えるでしょう。
wenaシリーズの独自性と限界
ソニーのスマートウォッチ事業は失敗ではなく、挑戦の連続でした。wena wristシリーズが提案した「アナログとデジタルの融合」は、他社にはない独自の価値を持っていました。
- デザイン性を損なわずにスマート機能を取り込む発想
- 電子マネー決済(Suicaなど)対応
- 通知・活動量計・睡眠トラッキングといった実用機能
- 好きなブランドの時計と組み合わせ可能
これらの点は今でも一定の支持を集めています。しかし、スマートウォッチの主流が「多機能でOS連携の強い画面付きデバイス」に移行する中で、wena wristは“ライト層向けのガジェット”として位置づけられ、メイン市場での存在感を保つのが難しくなりました。
さらに、バンド型の構造上、通知の視認性や操作性に限界があり、「スマートウォッチでアプリを使う」「健康データをリアルタイムで管理する」といった進化トレンドに追いつけなかったのも事実です。
ソニーの決断が示す「スマートウォッチ市場のリアル」
ソニーの撤退は、業界にとっても一つの象徴的な出来事です。それは「スマートウォッチ市場の成熟と再編」を意味しています。
- 市場の標準が確立した
Apple WatchやGalaxy Watchのように、ヘルスケア・決済・通知・アプリを包括する統合型デバイスがスタンダードに。独自路線では差別化が難しくなりました。 - 技術的課題の壁
バッテリー、操作性、ソフトウェア更新など、ユーザー体験を支える要素が多く、単一企業の独自仕様では改善が追いつかない領域が増えています。 - ブランド価値と開発投資のバランス
ソニーのような多事業展開企業にとって、スマートウォッチ単体でリターンを確保するのは難しい構造。より成長性のある映像・音楽・ゲーム分野にリソースを集中させるのは自然な流れです。
結果として、ソニーの撤退は“敗北”ではなく、“選択と集中”の現れとも言えます。
今後の展望と可能性
とはいえ、ソニーがウェアラブル技術そのものを諦めたわけではありません。センサー技術、無線通信、バッテリー効率化といった基盤技術は、将来的に別の形で活かされる可能性があります。
たとえば、ヘルスケア分野やXR(拡張現実)、イヤホンやヘッドマウントディスプレイなど、ソニーが強みを持つ領域との融合が進めば、“再定義されたウェアラブル”としての展開も考えられます。
また、wena wristのように「お気に入りの時計をそのままスマート化する」という発想は、ファッションとテクノロジーの融合を象徴するものであり、今後も異なる企業やスタートアップが引き継ぐかもしれません。
ソニーのスマートウォッチ撤退が残した教訓と未来
ソニーのスマートウォッチ撤退は、単なる事業終了ではなく、“理想のスマートウォッチとは何か”を問い直すきっかけでした。
技術力があっても、時代のニーズに合致しなければ成功は難しい。逆に言えば、使い手の生活に自然に溶け込むデバイスを作れれば、再び大きなチャンスが生まれるとも言えます。
ソニーの挑戦は一旦終わりましたが、そこに蓄積された技術と哲学は、次の時代のウェアラブルにきっと活かされるはずです。
そして、いつか再び「ソニーらしいスマートウォッチ」が登場する日を、多くのファンが静かに待っています。
